胸腔鏡下手術


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胸腔鏡下手術のもたらした事と今後

胸腔鏡下手術は傷が小さく低侵襲と訴えられてきた。しかし、胸腔鏡下手術により開胸手術が低侵襲化し、その差は小さくなった。胸腔鏡下手術がもたらしたのは、胸腔鏡を用いた低侵襲手術ではなく、呼吸器外科の低侵襲化である。

以前は、大きな手術創で手術を行うのが王道と考えられていた。しかし、胸腔鏡下手術を取り入れ、外科医の意識は、@小さな傷で、肋骨に負担をかけずに、A良好な視野で安全確実で、B開胸と同等の手術を行なう、に変化した。胸腔鏡の使用の有無にかかわらず、胸腔鏡を使用する比重やビデオ視・直視に関わらず、開胸手術に低侵襲化が進行した。

呼吸器外科医は、教育を受け、診療を行う時期と施設により、開胸世代、移行世代、胸腔鏡世代に大別される。現在中心的役割をしているのは移行外科医であり、VATSの功罪を討議している。しかし、胸腔鏡下手術の概念は、外科医の手術経験により年々変化している。そして、今後は、胸腔鏡下世代が移行世代の考えられなかったノウハウを持ち込んでくるであろう。

現に、われわれ移行世代は、開胸の教育を受けてきたにも関わらず、それを踏襲せず多くの外科医が胸腔鏡下手術を行っている。胸腔鏡下世代に対する教育は現在ある医療の基本を教育し、その後は本人が試行錯誤で自分の方法を見つけていくことになるであろう。


胸腔鏡下手術

 胸腔鏡下(きょうくうきょうか)手術とは、胸に小さな傷をつけて行う手術方法であり、2cm程の切開を複数作成し、そこからカメラと手術道具を挿入して行う手術です。胸腔鏡手術、鏡視下手術ともいいます。「バッツ」とも言います。バッツとはVATSと書きますが、これはビデオ補助胸腔鏡手術(video-assisted thoracoscopic surgery)の頭文字を取った略語です。

 胸腔(きょうくう)とは肺の存在する場所で、左右の胸腔はそれぞれ12本の肋骨で囲まれた独立した空洞です。この空洞の中には左右の肺が入っています。下は横隔膜があり腹部と境界されています。左右の胸腔の間には、心臓があり、ここを縦隔(じゅうかく)と呼びます。

 胸腔鏡とは先端に小型のカメラを装着した棒状の機械です。胸腔鏡下手術では皮ふを小切開して、肋骨と肋骨の間から胸腔鏡を挿入して、肺や縦隔の手術を行います。

 胸腔鏡下手術で切る場所は病変の部位や大きさによって異なります。胸腔鏡を直径2cm程の穴を通じて胸に入れます。このカメラは拡大した視野が得られるので中を詳しく観察することができるのです。穴をさらに2個開けて、電気メスやハサミを使用して手術を行います。

 胸腔鏡下手術の利点は手術の傷が従来の方法と較べると小さく、手術の後の痛みが少なく、早期に退院が可能であることです。

 胸腔鏡下手術の欠点は外科医に新たな技術が必要で負担になり、できる手術が限られていること、とっさの対応が遅れることです。胸腔鏡手術を行っていて、従来の開胸に途中で変更しなくてはならないこともあります。


胸腔鏡下手術の別名

 胸腔鏡下手術は別名、胸腔鏡手術、胸腔鏡補助下手術、胸腔鏡補助手術、内視鏡下手術、内視鏡手術、鏡視下手術、ビデオ補助下手術、ビデオ補助手術、ビデオ補助下胸部手術、ビデオ補助下胸腔鏡手術、ビデオ補助下胸腔鏡下手術、バッツ、VATS、video-assisted thoracic surgery、video-assisted thoracoscopic surgeryなどと呼ばれています。


完全胸腔鏡下手術完全胸腔鏡下肺癌手術

 慈恵医大柏病院呼吸器外科で、肺がんに対する完全胸腔鏡下手術を行っています。完全胸腔鏡下手術とは、2cm程の複数の皮ふ切開から肺がんの手術を行うことです。完全胸腔鏡下手術では胸の中をカメラを通してビデオモニターに拡大して映しだし、医師はこれを見ながら手術を行います。

 患者さんにとって、完全胸腔鏡下手術は、傷が小さく、手術後の痛みが少なく、早期退院が可能で、社会復帰が早い利点があります。欠点としては、直接触って手術を行うことができないので、常に集中して手術を行う必要があります。

 上の写真は手術を行って2週間を超えた時点の、完全胸腔鏡下手術で肺がんの手術を行った後の傷であり、外来診察時のものです。下の写真は完全胸腔鏡下手術で肺がんの手術を行った約4週間後の写真です。切除した肺は、体の中で袋に詰めて、この傷から引き出しました。傷が5箇所ありますが、ひとつがカメラ用、2つが術者用、残りの2つが助手用です。術者も助手も両手の器械を胸の中に入れて自由に動かすことができたので安全で確実な手術ができました。

 手術中に剥離が難しい部位や対処が難しい出血などがあれば迅速に開胸に移行した上で、安全で確実な手術を行うことを最優先と考えています。


完全胸腔鏡下手術完全胸腔鏡下胸腺手術

  慈恵医大柏病院呼吸器外科で、重症筋無力症や胸腺腫に対する完全胸腔鏡下手術を症例を選んで行っています。完全胸腔鏡下手術とは、2cm程の複数の皮ふ切開から肺がんの手術を行うことです。完全胸腔鏡下手術では胸の中をカメラを通してビデオモニターに拡大して映しだし、医師はこれを見ながら手術を行います。胸腺を切除するために、右から胸腺を引き出して手術を行う方法を採用しました。

 患者さんにとって、完全胸腔鏡下手術は、傷が小さく、手術後の痛みが少なく、早期退院が可能で、社会復帰が早い利点があります。欠点としては、直接手で触ることができないので、常に集中して手術を行う必要があります。

 重症筋無力症に対しては、胸腺を全部摘出する手術が各施設で行われていますが、通常、胸骨正中切開といって、前胸部を縦に20cm程切開して、胸骨を縦に電気のこぎりで切り手術が行われています。この手術を首から行う報告もありますが、一般的ではありません。胸骨を持ち上げて、腹部から行う方法や両側の胸部から胸腔鏡で行う方法を行っている施設もあります。

 写真は手術を行って3週間の、完全胸腔鏡下手術で胸腺全摘術を行った後の傷です。傷が5箇所ありますが、ひとつがカメラ用、2つが術者用、残りの2つが助手用です。術者も助手も両手の器械を胸の中に入れて自由に動かすことができたので安全で確実な手術ができました。


完全胸腔鏡下手術と胸腔鏡下手術の違い

 完全胸腔鏡下手術と胸腔鏡下手術がどう違うのかすこし解説を付け加えます。

 自然気胸の手術のときは手技が比較的単純で簡単なので、どの施設でも完全に胸腔鏡下手術で行っており、完全とついていなくても完全胸腔鏡下手術で行っているのです。一方、肺がんの手術では、手技が複雑なので、開胸を併用して行う施設が多く、これを胸腔鏡下手術と呼んでいます。つまり、胸腔鏡下手術といっていても、開胸を併用した手術と、開胸を併用しない手術があるのです。

  胸腔鏡を使用して手術を行うことを胸腔鏡下手術と呼びます。つまり@完全胸腔鏡下手術とA小開胸に胸腔鏡を併用した手術を胸腔鏡手術と呼びます。@はビデオモニターを見ながら行う手術です。一方、Aは主に小開胸の傷から直接胸の中を見て行う手術であり、胸腔鏡補助下手術とも呼びます。

 @完全胸腔鏡下手術とA胸腔鏡補助下手術は患者さんの立場からすれば、どちらでもあまり変わらない手術でしょう。しいて言えば、完全胸腔鏡下手術の方が、傷が少し小さく、痛みが少ない可能性があること位でしょう。しかし、医師の立場では、これは全く異なる手術なのです。

 胸腔鏡補助下手術は傷が小さくなればなるほど、医師は片目で胸の中を覗き込みながら手術を行いますから、きゅうくつな視野で手術を行う必要があります。一方、完全胸腔鏡下手術ではカメラで拡大した画像を見ながら手術を行なうことができるのです。

 胸腔鏡補助下手術は旧来の通常の手術手技で手術を行うことができますが、完全胸腔鏡下手術ではテレビモニターを見ながら、別のところで手は別を動かして手術を行いますから、新しい手技の習熟と胸腔鏡用の様々な新しい器具が必要になります。


胸腔鏡補助下手術

 小さな傷で開胸手術を行うときに、胸腔鏡を利用することを胸腔鏡補助下手術といいます。胸腔鏡補助下手術あるいは「バッツ」とも言います。バッツとはVATSと書きますが、これはビデオ補助胸腔鏡手術(video assisted thoracoscopic surgery)の頭文字を取った略語です。

 小さな傷で手術を行うときの問題点は、手術がやりにくいことともう一つあります。それは手術を行う場所が暗いことです。手術を行うときは無影燈という影のできにくい照明を用いますが、手術を行うために覗き込むと中は暗くなって良く見えません。

 胸腔鏡の良いところは、胸腔鏡(胸腔に挿入している棒状の機械)の先端にカメラとライトがついていることです。ライトのおかげで胸腔の中は明るく、肺や縦隔が良く見えるので、小さな穴から手術を行えます。ライトがなければ中は真っ暗です。開胸手術時に、陰になって見にくい場所や暗くて見にくい場所を、胸腔鏡補助下手術は見やすくできます。そして、小開胸に胸腔鏡を併用した胸腔鏡補助手術では、大きな傷でなくても手術が可能なことが多くなります。

 難しい手術では、大きな開胸に胸腔鏡を併用します。また、比較的行いやすい手術では傷を小さくして胸腔鏡補助下手術を行います。

 右上の絵は胸腔鏡補助下手術で肺がんに対する手術を行った時の手術記載です。

 胸腔鏡補助下手術の利点は、手術を行う部位が通常より明るく良く見えることです。また、手術の傷が従来の方法と較べると小さく、手術の後の痛みが少なく、早期に退院が可能であることです。

 胸腔鏡補助下手術の欠点は、傷が小さい時には胸腔鏡手術の欠点と同じです。


開胸手術

  
 左図のように、後側方切開(こうそくほうせっかい)という方法が定型的開胸と言われていました。これは、皮ふ切開が大きく、大きな筋肉を切開して胸に入る方法です。手術の視野が良く、安心して手術が行える方法です。



 


 右図は側方切開という方法です。この方法を前側方切開と呼ぶ人もいます。この切開は後側方切開に較べると傷も小さく、筋肉もほとんど切開しません。通常の肺の手術は大体この切開で行うことができます。




胸骨縦切開、胸骨正中切開 左図は胸骨縦切開(きょうこつじゅうせっかい)を行う時の皮ふ切開であり、胸骨を胸骨用の電気ノコギリでたてに切開するときに使用します。胸骨正中切開とも言います。

 心臓の手術、、胸腺腫の手術、重症筋無力症の手術などに用いられます。

 良性腫瘍の手術では胸腔鏡の手術の方が一般的に負担が少ないと考えられます。
 胸腺腫や重症筋無力症の手術では、胸腺と周囲の脂肪組織も一緒に切除する拡大胸腺全摘術が胸骨縦切開で行われますが、傷の負担が大きいので、患者さんと相談して胸腔鏡下手術を最近選択しています。

2009.9 秋葉直志